キャンプの朝が好きだ。
特に、誰よりも早く起きて、静かな森や川辺で飲むコーヒーには、なんともいえない特別な時間がある。
シュラフの中でモゾモゾと体を起こし、少し冷えた空気を感じながら外に出る。まだ他の仲間たちは眠っていて、焚き火も煙もなく、ただ鳥の声と風の音だけが聞こえている。
そんな静けさの中、お湯を沸かす音だけがかすかに響く。
この一瞬が、たまらなく好きだ。
以前はコーヒーにこだわっていた。
ドリッパーを持ち込み、豆は前夜に手挽きミルで挽いて、温度計で湯温を測りながら丁寧にハンドドリップしていた。
味はもちろん最高だったし、「これぞ贅沢な時間」と自分に言い聞かせるように満足していた。
でも、不思議なことに、何度もキャンプを重ねるうちに、その“こだわり”は少しずつ形を変えていった。
今では、インスタントコーヒーをステンレスマグにポンと入れて、お湯を注ぐだけのシンプルな一杯で十分になっている。
豆の種類?焙煎の度合い?淹れ方?
そんなことは、どんどん薄れていく…
大事なのは、「その場で飲む」ってこと。
冷たい朝の空気の中で、湯気をふわりと立てながら口にするあの一口こそが、心に沁みるのだ。
この朝のコーヒーを飲みながら、ふと「もうキャンプも終わりに近づいてるな」と感じることがある。
焚き火の灰、散らかったままのテーブル、湿ったグランドシート。
あれこれ片付けの段取りを頭の中で整理し始めると、楽しかった時間が少しずつ終わりに向かっていることを実感する。
でも、それは寂しさだけじゃなくて、ちょっとした達成感でもある。
自然の中で過ごした時間、食べたもの、話したこと、聞いた音。その全部が心にしっかりと残っている。
その余韻に、最後の一杯のコーヒーがやさしく蓋をしてくれるような感覚だ。
「次はもっと軽装で行こう」
「次こそ雨具忘れないようにしなきゃ」
「でも次のキャンプ、また同じ景色に出会えたらいいな」
そんなことをぼんやり考えながら、カップの底が見える頃には、仲間のテントがゴソゴソと動き始める。
「おはよう」の声が聞こえてきて、キャンプ最後の一日が始まる。
今の自分にとって、キャンプの朝コーヒーは“おいしさ”よりも“感覚”だ。
静けさ、冷たさ、温かさ、終わりの気配、そして「また来たい」という思い。
すべてがこの一杯に詰まっている。
きっとこれからも、こだわりはどんどん削ぎ落とされていくんだと思う。
だけど、そうやってシンプルになった時間ほど、心の奥に長く残っていく気がしている。
※この記事を読んでくださったあなたにも、ぜひ体験してほしい。
インスタントでも缶コーヒーでも、なんでもいい。
キャンプの朝、湯気の立つコーヒーと一緒に、静かな時間を感じてみて下さい